不定期刊行             52  2003.5.14

中信高校山岳部かわらばん

    編集責任者 大西 浩

                           木曽高等学校 定時制

長野県高等学校長会編 「高校の登山」と安全登山

  高校生に安全登山を教えるためには、我々顧問がきちんとした技術と知識そして経験を積むことが不可欠である。前号で山岳総合センターの教程についてご紹介した。我々は日頃生徒を指導する立場にあって、登山技術をどこでどのように磨いているだろうか。

ある登山の技術書を紹介する。これが安全登山の一助となることを願って。

 高校山岳部また、高校集団登山華やかかりし時代、県高等学校長会の名前で出された「高校の登山」という本をご存じの方は、このかわらばんの読者の中でも少数だろう。今から3年ほど前、生涯山岳部の顧問を続け、美須々を最後に退職された渡会先生から、退職間際に「大西さんに渡せば役立つこともあるだろうから」と渡された一冊の本。それがこの「高校の登山」である。その古ぼけた本の奥付には昭和48年発行という記載がある。僕がまだ中学生の頃の発行である。今日、学校で向井先生と話をしていて、この本と同じ本が木曽高の数学科の本棚にぽつんとあるのを見つけた。当時、この本は、学校規模に応じ無償配布されたとのことであるから、学校の図書館を探せば、見つけられるところも多いと思う。

もう今では使えない部分もあるが、十分役に立つ示唆的な部分も多いし、何より当時の高校という現場で行われていた登山の質の高さは驚嘆に値する。そこでは夏、5泊6日の穂高連峰縦走や、4泊5日で扇沢からはいり下廊下を下り、剣、立山を縦走して平の渡しから針ノ木峠を越えて扇沢経由で松本へ戻るなんて、今の高校生では考えられないようなコースが実際に歩かれ、それが記録として記載されてもいる。あとがきによると、そもそもこの本は、「安全教育委員会が昭和43年の深志の落雷事故を契機に、その7年前に刊行された『高校生の登山』の全面改訂の必要を認め、今は亡き丸山彰先生を委員長として作成した」ということである。想像するにこの安全教育委員会が、今でも中信では安全登山研究会として残っているのだと思う。この安全教育委員会は昭和31年に、高校生の登山の安全をはかるために、長野県高等学校長会が組織し、山岳活動に造詣の深い現場の先生方に協力をお願いして、安全登山の手引きとなるような冊子の編集を手掛けてきたのだそうだ。したがって標題に掲げたようにこの本の編者は「長野県高等学校長会」となっている。

この本の中に「高校登山の諸問題」と題して編集委員座談会というセクションがある。その中にこんな一部分がある。非常に示唆的であるので、ちょっと長くなるが、引用したい。

D:指導者の問題は大きく二つに考えられると思います。一つは勤務条件と待遇の問題、もう一つは指導者の不足の問題なのですが、はじめの問題の勤務条件のことでは、登山活動が土、日にかかるということが多くて、代休がとりにくいということがある。旅費などはたいがい校内規定で生徒と山へ行ってくると、足が出る、家計を圧迫する。それだけでなく、登山用具などほとんど自分で買わなくちゃいけない。本を買いたいが、お金が山へ行っちゃうという人もあります。

E:特殊勤務手当や代休制が確立したとしても、代休がとりにくいということは確かで、土、日を外したウイークデー、授業日に行くようにしている学校も出てきています。それには高校全体の理解が必要でしょう。待遇のことで、登山の場合、個人の用具、装備をPTAで負担してくれる学校もあるけど、そういうところは恵まれている方だと思うのです。

A:指導者不足という点は、長野県の場合恵まれている方ではないかと思います。県・センターの講習など、充実したものですし、自己研修の場も近いという好条件がある。ただ、登山が好きな教師は相当に多いけれども登山教育と直接結びついていかないところに問題があるように思えます。

B:私もそう思います。そういう山の経験の深い教師をどのように組織していくか、長野県の場合大きな課題ではないかと思います。1970年にようやく県段階での高体連登山部が設立されましたが、この登山部の発展が、問題解決のよりよい方向であることは確かですから、県高体連登山部への期待は大きいと思います。

司会:問題解決の一つの方向などのお話が出ていますが、B先生のお考えは、今後、具体的に実現されるように希望しておきましょう。さて、さきほど、遭難などの事故責任のことがちっと出ましたが、かつては治外法権的考え方が強かったと思います。しかし、このごろでは刑事責任を問われるというのが、一般的になってきたようですが。

  ・・・・・・・中略・・・・・・・

F:リーダーは、自分の命を含めて、メンバー全員の安全を考え行動して行かなければならない。しかも、事故が起きた場合、その責任は、直接にはリーダーが負うことですが、そのリーダーを選び任せたのは学校長ということになりますから、学校長も負うことになる。これはたいへんなことです。

司会:そうすると、そんなたいへんなこと、とても学校ではできないから、登山は止めた方がよいということになりそうですが。

F:いや、おどかしで言っているのではないのです。だからこそ、指導者の研修は極めて重要なことであり、登山教育が、安全な上にも安全であるように計画実施してほしいということを強調したかったわけです。

A:その通りで、そのためにも、この本は作られたと思います。活用を望みますし、一助となれば幸いです。

 どうだろうか。今読んでも少しも古くない。教師の待遇の問題は旅費問題と絡んで、今また問題になっていることだし、山好きな教師と登山教育との関わりも古くて新しい課題と言えるかもしれない。それに対する高体連への期待。指導者の研修の問題。ここに書かれているセンターの講習会とは言うまでもなく、明日から行われる高校登山研修会のことだ。みなさんのご意見をいただきたい。

編集子のひとりごと

気まぐれなので、2日続けてのかわらばんとなった。276ページにも及ぶこの「高校の登山」は、かなり進歩的な技術書でもある。たとえば水の飲み方なども当時の常識を打ち破る(僕は中学のころまでできるだけ水は飲むなと言われて育った)ように、「成人は一日に2.5Lの水を摂取し、排出しているので、登山活動中の発汗、呼吸による排出量を考えれば、相当多量になるはずである。かわきを感ずる前に、食事の時も含め、休憩ごとに少量ずつ飲むのがいい」などとも書かれている。ご一読あれ。(大西 記)