不定期刊行 第84号 2004.2.15
中信高校山岳部かわらばん
編集責任者 大西 浩
木曽高等学校定時制
「岳人」3月号に「中信高体連年報」を掲載していただきました
現在発売中の「岳人」3月号をご覧下さい。会報ノートの欄に「中信高校山岳部年報」のことを載せて頂いています。スペースの関係で全部というわけにはいきませんが、本文では、大町北、大町、美須々、県ヶ丘などの活動や生徒の活躍ぶりが、高く評価されて紹介されています。特に該当の顧問の先生、ぜひ、購入して生徒にも紹介して下さい。励みになること請け合いです。僕は、もう一回、年報を読み返してしまいました。改めて読んでみて、生徒たちの文には実感がこもっているし、文に力があると感じました。
充実・・・大町高校11月以降の山行概要(by 松田先生)
初冬山行 Prt1 11/1.2 蝶ヶ岳、大滝山 生徒3名、引率小生、計4名
雪が遅かったので、穂高涸沢を目論んだが、安全第一で、展望山行に変更、三股から入山、三郷小倉展望台を経て須砂渡に下山。天候に恵まれた素晴らしい山行であった。この時期の山行は必要装備の見極めが難しい。特に前年のこの時期の大雪での殺生小屋の件もある。事実、小生らは事前の情報から雪のないことを知り、アイゼン無し、ケル無しどころか小生なんぞは軽登山靴で出かけた。しかし、天場での様子は千差万別であった。夏山の延長組があるかと思うと、その隣では厳冬期の装備で幕営している。だが、全くの無雪状況でのピッケルアイゼンに、プラブーツは何とも滑稽であった。十分景色を堪能した後の、大滝山からの下山中に、鍋冠山八丁ダルミで、メンバーが地図を持ってない事が発覚、小生の逆鱗に触れる事と相成った。送迎に小林國さんを頼んであり、当初小倉スカイライン展望台まで配車して貰う予定であったが、怒った勢いで、須砂渡まで歩かせた。(結果は天に向かって唾を吐いたようなもの、遠かった、クタビレた)
初冬山行 Prt2 11/7.8 金峰山・瑞牆山 生徒4名、引率小生 計5名。
毎初冬に実施している次年度県大会の会場下見を兼ねた山行。11/7は移動だけ、下道は遠い。現地まで3時間半を要した。大枚を払って廻り目平キャンプ場泊。金曜はガラガラで、炊事場横で焚き火を楽しむ。11/8地図と睨めっこしながら、金峰山へ。五丈岩は又の楽しみとして大日方面へ降る。さすが百名山、多くの登山者とすれ違う。時間的にも余裕があるので、瑞牆山も登ろうと目論み、生徒に伝える。彼らは逆らう事もなく素直に従う。しかし富士見小屋経由の瑞牆山は遠かった。しかも八丁平では道を失い暫し彷徨。県大会本番が心配になる。廻り目平帰着は4時をまわった。小川山は週末にぎわっている。どこからきたかと思えるほどのクライマーである。もう一泊して、負荷を掛けてコースをもう一度回るか、それともこのまま帰るかで暫し思案したが、天候が心配なので帰る事に、小淵沢まわりの高速利用は早かった。しかし丸一日歩いた後の運転は辛かった。生徒に、寝たら降ろすぞと起きていることを強要したことは云うまでもない。結局の処、次に日が雨だったので、強行軍としたことの判断は正解であった。
雪山歩行 12/23 鍬ノ峰日帰り山行 生徒3名 引率2名 計5名
12月初旬に予定していた焚き火ビバークは計画書も作れないので、小生の逆鱗によりポシャ!。天皇誕生日に実施した、鍬ノ峰もデーブの遅刻で北峰で時間切れ。いつの日にかリベンジを!(大西 注)聞くところによれば、2/11にリベンジ日帰り鍬ノ峰山行を決行したそうな。急登の猛烈なラッセル、わかんを忘れた生徒・・・。楽しそう!?
雪上幕営訓練 12/27 学校中庭
余りの手際の悪さにアゼン!!(一々部室に取りに行きゃがる)
雪山山行 Prt1 1/17.18 鷹狩山、南鷹狩山 生徒3名 引率2名 計5名
昼に学校を出、鷹狩山頂で幕営。昨年は展望台の中にテントを張ったが、今年は外に張らした。時間があり、風もなかったので、焚き火を楽しんだ。(秋?の雷で裂けた杉の大木が丁度良い薪であった)心配した雪もたいしたことなく、寒さも適度であった。それにしてもホクトのキノコ工場の送風機から出る。騒音はすざましく、鷹狩山の上まで聞こえる。生徒は暴走族の爆音みたいだと云っていた。二日目は快晴の中、南鷹狩に登った。八坂村側から10人以上が歩いたワカンのトレースがあり、物好きが居るわと感心した。南鷹狩の三角点、雪の中から掘り出してみたら二等三角点であった。知ってましたか?
大町高校スキー教室は初日悪天候 2/5.6
今年より一泊二日に期間短縮。今年の一年生は行事の度に悪天候。そのジンクスに違わず、2/5は元気な雪降り。特に午後はスキー場だから避難しないだけという状況。一般の野外活動でしたら、先ず遭難ですな。きっとこの頃福井の関学大ワンゲルも・・・・。
雪山山行 Prt2
2/7.8に塩川T引率、OB三戸呂協力で五竜遠見尾根を計画したが、小生が行かないのではダメ、と管理職の許可がでず、断念。2/7小生は宮総代の仕事をしていました。(今年初の仕事、新年祭でした)
ラッセルと風と雪の霞沢岳
信高山岳会の2月例会で、昨日、今日と霞沢岳に出かけた。予定では焼岳に行くことになっていたのだが、一週間前になって、コースを熟知している下岡さんが行けなくなり、急遽リーダーを大西がやることになったため、私のわかっているコースに変更した。
今回のメンバーはCL小生、SL松田(大町)、重田(岩村田)、久根(風越)、大西(志学館)の5人である。50代2人、40代2人、6月に40を迎える39歳1人という立派な中高年登山隊。しかしいずれも百戦錬磨の強者、初日のノートレース、腰までのラッセルも、これこそ冬山の醍醐味?と開き直って満喫。下界でも春一番が吹いたそうだが、山では昨日の昼頃から、予測していたとおり低気圧の接近による天候急変で1800mのテン場の15から20mの風が吹き荒れ、雪も半端じゃなかった。しかし、昨日はテンぱった時間が早かったおかげで、テントの中で水を作りながら、酒を飲み、食事をし、様々な話に花が咲いた。悪天の時には悪天なりの楽しみがある。テントの中には少しの悲壮感もなかった。当然ながら、今日は行動できず、登頂は断念。11時撤退。詳細は記録担当の大西氏からあるはず。信高以外の方もHPで見て下さいね。
編集子のひとりごと
大町高校の山行記録には見習うべき物あり。他の学校も報告下さい。木曽高校は先々週藪原から鳥井峠を越えて奈良井まで旧中山道ラッセル。物はやりようです。(大西 記)