不定期刊行            109号    2004.9.1

中信高校山岳部かわらばん

   編集責任者 大西 浩

                      木曽高等学校定時制

日山協クライミング初級講習会に参加して

8月16日から19日まで、以前かわらばんで紹介した標記講習会に参加してきた。この講習会、主催は日本山岳協会競技部、主任講師はかの有名な東秀磯氏である。

全国から集まった参加者は9名。うち私は最年長であった。この講習会に参加するにあたって僕は「実際には登れない者が、生徒を指導してクライミングを上達させるにはどうしたらいいか」という課題をもって臨んだ。参加者の9名のうち私を含む3名は経験者であったが、それ以外の方々は、ほとんどが初心者。中には全くはじめてクライミングに挑戦するという人もいた。僕は数年前に東氏の手になる「インドア・クライミング」という技術書を中条高校の山口先生から紹介され、購入してはいたが、全く理解がおいついていなかった。この4日間の中で、そこに書かれた技術がまさに生きた技術として、懇切丁寧に目の前に展開されていくのを見るのは、まさに快刀乱麻を断つがごとき鮮やかさで、すべてのことが胸にストンと落ちていくのであった。

僕が最も知りたかったこと、身に付けたかったことの第1は「ムーヴ」であった。この理屈がきちんと理解できれば、指導の際にもポイントを絞り込め、仮に自分では登れなくても指導ができるようになるはずだ。東氏によれば、クライミングとは「ホールドで規定された壁に身体を当てはめていくスポーツだ」という。そのあてはめていくことがムーヴであり、同時にムーヴとは力を使わないでのぼることだという。

例えば、基本的なムーヴの一つ、カウンターバランスについて東氏は次のようなたとえから説明をはじめる。ここに真ん中に重心のある1mほどの棒がある。この棒を持ち上げることを考えてみる。真ん中(つまり重心のある位置)を持てば、簡単に片手で持ち上がるが、はじを持てばモーメントが働くから外側へ開く力をかけなければ棒は傾いてまっすぐには持ち上がらない。このたとえで重心について説明したうえで、次は「立った状態で足を曲げずに、手に持ったペットボトルをできるだけ遠くの床の上において見てください」という。その上で、彼はそのペットボトルをさらに20センチ以上は離れた位置に置く。そして、こういうのだ。「立っている位置はかえずに、同じ場所からペットボトルを取ってみて下さい」と。そんなことできるのだろうか?一同考え込む。そこで東氏はこうすれば簡単と、左足を後ろに振り上げ片足で立つ。そしていとも簡単に右手でさっきより20センチ以上遠くにあるペットボトルをつかんだのである。(皆さんもやってみてください。よくわかるから。)カウンターバランスの説明は「インドア・クライミング」には図とともに次のように記述されている。「左手で保持し、右手で次のホールドを取りにいくときは、右足(のアウトサイド)でたつ。左足は取り行く手と反対側に張りだす。」これを読んだだけではわからないかもしれないが、片足をあげてペットボトルを取った格好こそ、まさにカウンターバランスの状態になっているのだ。左足を後ろに振りあげて右手をずーっと前に出したときの重心は右足の上にあり、対角(ダイアゴナル)の左足と右手でバランスをとっている。そして右手は一つ先のホールド(この場合はペットボトル)に届くことが可能になるのだ。初心者は(僕も含めて)この対角に次のホールドを取りに行くということができない。しかし、「右手でもったら左足に立つ」「左手でもったら右足に立つ」という対角を意識するだけでクライミングらしいムーヴになるから不思議だ。

次に自分でも実際に壁に向かい、左手で保持し、右足(アウトサイド)に乗ってみる。しかし、重心をきちんとおかないと、今度は垂直方向の動きだから身体にはモーメントが働いてねじれが生まれ、壁から引きはなされる。しかし模範でやってくれる東氏の姿勢は2点で無理なく支えられた状態だ。かなり手で引きつけないといけない状態では、バランスがとれている状態とは言えない。しかし何度もやっていると身体が回らない位置があることがわかる。つまり対角の左手と右足にしっかり重心がおかれた状態で乗り込み、残りの右手と左足をいわばやじろべえのように振りだした格好といえる。何人かでやっているとできる人とできない人が出てくる。すると、見ていてもその違いがわかるようになってくる。こうなれば、指導はできるんじゃないだろうか。

こうしてなかなか理解しにくいムーヴを、わかりやすいたとえを引きながら、現実に即して指導していってくれた。インサイド(アウトサイド)フラッギングなどのバランス系、ハイステップ、キョン足などのオポジション系のムーヴなどなど。まさに目からうろこが落ちるとはこのことである。ただし、すべてが完璧にできたわけじゃなく、正直なところ僕は落ちこぼれていたといってもいいだろう。しかし、かなりの部分は原理がわかったように思う。先に書いたようにほとんどの受講生はクライミング未経験者であり、なかにはロープに触ったこともないような人もいた。しかし、4日間の中ではクライミングギアの選び方や見方から始まって、クライミングというスポーツの特性と筋肉の話、トレーニング、懸垂下降、トップロープクライミング、ボルダリング、さらにはリードクライミング、コンパネを使った自作のウォールの制作など技術と理論、高校現場などへの普及方法のノウハウまで徹底的に役に立つ内容であった。最終4日目には、自分たちでルートセットをしたルートを使ってのディフィカルティとボルダリングの2種類の模擬コンペまで行い、かなり濃密な講習だった。最後は腕がパンプしてしまったが、腕ばかりでなく、頭の中も体全体もしっかりパンプしてした私でありました。

編集子のひとりごと

 だいぶご無沙汰でした。この間、二つの理由からかわらばんを出せないでおりました。第1の理由は8月7日からずーっと山に入っていてコンピュータに触る環境になかったこと。7日から9日が生徒引率で涸沢から奥穂、前穂へ。引き続き10日から13日まで信高山岳会の例会で薬師、雲の平、高天原、三俣蓮華、黒部五郎を周回。14日は同級会で飲んだくれ、一日おいて16日から19日までは今回取り上げたクライミング講習会で文登研に、続く20日は中信高体連新人戦の下見。21日22日は長山協の拡大理事会というような次第。先週は授業がはじまって最初の週でバタバタしている中、28日が長山協の事務局会議、29日と30日がセンターの講師講習会兼長山協のレスキュー講習会。ともあれ、今年の北アルプスはとにかく全く雪が残っていなかった。やたら暑いし、台風は多いし、一体地球環境はどうなっちゃったんだろうなどと考えながら、やっと一段落して、かわらばんで山積みの報告をしようと意気込んでいた矢先、コンピュータがトラブル。これが理由その2。しばらくバックアップもとってなかったので、メールの宛先もすべて消えてしまったわけで・・・途方にくれている状態。(大西 記)