不定期刊行            167号  2006.2.25

中信高校山岳部かわらばん     編集責任者 大西 浩

             木曽高等学校定時制

目からうろこの「医科学・自然保護・国際セミナー」

前号でご案内したセミナーの報告です。最初は鹿教湯病院センター長で、日本登山医学会会長の小林俊夫氏による「日本に於ける急性高山病―特に高地肺水腫―」という講演であった。急性高山病と高地肺水腫には関係性があるが、それを発症するのは、遺伝子レベルで「内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)の遺伝子多型」というタイプである。このタイプは、低酸素負荷状態で肺動脈が収縮して血圧が上がるとともに、本来は換気量がふえていかねばならないにもかかわらず、呼吸調節がうまくいかず、呼吸が速くならないタイプである。また、初発症状は呼吸器症状から出ることが多く、国内では常念(2867m)日帰りではまず起こらないが、2500m以上の場所で、入山後2〜3日目に発症し、夜間に増悪する例が多いそうだ。遺伝子レベルですでに高山病の因子をもっているというのは、かつて長山協名誉会長の古原先生にも伺って知ってはいたが、これの調査には金も時間もかかるとのこと。また現に北アルプスに登っても今まで症状が出たことがないこと、それにわかってしまったら余りに夢もない・・・。だからこのことについては、知りたい気持ちも多分にあるけれど、封印しておこう。ただ、生徒引率をする際に、一度このような症状が出たとしたら、やはり次回も発症する可能性は高いわけで、このことは十分に注意する必要があるだろう。

つづいては山岳会グループドモレーヌ(GDM)の古畠俊彦氏が「川蔵北路『岡嘎山』5,688mについて」という報告を行った。報告は、この地域からチベットまでの地域にある魅力的な山の数々の紹介も含めて行われたが、その報告の主眼は四川省のこの山に登るのに、「登山料は一人60ドル、2週間で」というものであった。GDMでは会の創立50周年を記念して、今夏この登山を計画しているが、昨年長山協国際部が会員へのアンケート調査の結果浮かび上がってきた「安く、短く」海外へ行くにはということへの一つのヒントにもなる報告だった。「夏休みの2週間で5000m」というのは高校の教員にはおあつらえ向きの企画だし、かつて僕ら自身も「高校生に夢を」と3週間でこれと同じ四川や青海への登山を企画もしていた。だからそれができることは十分保障済みだが、「行ける」というのと「行く」ということは全く別次元の問題である。僕の個人的な感想をいえば、海外へ行くには「行きたい」「登りたい」と思うことと「目のつけどころ」こそがすべてであると思う。古畠さんの報告の中に魅力的な山がいくつも登場してきたが、情報を手に入れる方法はいくらでもある。問題はそこにどんな山があり、そこでどんな登山をしたいかである。僕自身ここ数年、頭が切り替わっていかないが、こういう話を聞いていると沸々とまた海外への思いがわき起こってくる。話は違うが、長山協ニュース「やまなみ」でもCMCの永沢栄氏が「海外登山のすすめ」を今年度4回にわたって連載中であるが、これには具体的に海外登山をどう仕掛けて(?)いくのかが、明快に書かれている。これなども興味のある方にはぜひ読んでいただきたい。

さて、3番目の横山勝丘さんの報告は、「アルピニズム」の王道を行く素晴らしい登攀の報告だった。岳人でも昨年大きく取り上げられたので知っている方もいるかも知れないが、昨年彼がアラスカで展開した一連のクライミング(ハンティントン南西壁及びデナリ南西壁)を素晴らしい写真とともに報告してくれた。彼の話の中で印象に残ったのは、「自分の課題をスピードと言い切り、残置支点をへの意識を捨てること」というものだった。今月号(3月号)の岳人で、CMCの馬目氏が、彼のことを自分を越えたと評しているが、まさにこれからの日本を背負って立つクライマーと言っても過言ではないだろう。蛇足ながら、一ヶ月半のこの遠征が25万、続いて行った南米での遠征も18万という。なんでも「ヒマラヤ」ではないのだ。ここでも目の付け所の重要性が説かれたわけだ。

その後、大宴会が始まり、そこは夢を語る場へと変わったのだが・・・。ここは省略。

翌日は、CMCの百瀬尚幸さん、丸山武志さんの「アコンカグアのバリエーションへ2週間で」というもの。ご承知の通り、丸山さんは筑摩の昼定の教諭であり、同業者でもある。彼は「アンデス7000m峰への挑戦」として高所順応の問題を教材化して行った90分の理科(総合?)の授業をダイジェストで報告。初日の小林先生の話とは視点の異なる「登山者としての」視点から「高所順応の問題」へ迫った。いくつもの実例を使い、実際には実験も織り交ぜながらの授業だったというが、高度な中身をわかりやすく説明してくれ、大変に参考になった。また百瀬さんの話は、敷居の高く感じがちな「海外登山」というものに対して、日頃の国内でのモチベーションの共有化をしておけば、「ITの積極活用で従来の遠征にはつきものであった無用な時間や資料の作成が削除できる」というところにその話のポイントがあった。極端な話、メンバーの3人は「この登山に関しては、成田空港ではじめて顔を合わせた」そうだ。このかわらばんも「メール」時代の申し子だが、ほんの10数年前、今は亡き吉沢一郎さんの店(長野新雪荘)に毎夜授業が終わってからワープロ持参でかけつけ、計画書を作っては怒られ、深夜の国道19号を帰宅するという苛酷な中で行った「アリューシャン遠征」が過去のこととして頭の中を過ぎった。ちなみにこのアンデス遠征も安価で、29万円也。ちなみにそのうちの20万は航空運賃であり、3万が登山料、あとは下のホテルが4泊で1.5万、残りで登山をまかなったと言うことだった。

最後は、環境省長野自然環境事務所の自然保護管、加藤志穂子さんによる「山の自然を守るために登山者に望むこと」という講演だった。彼女自身、この仕事について、長野に来てからは、担当の後立山は殆ど歩いて(唯一歩いていないのは北葛から蓮華の間だそうだ)おり、その観点から「自然との共存」ということを念頭に置いた上での話であった。つまり、「保護しながら楽しむ」ということである。国立公園にも地区(特別保護、第1種、第2種、第3種、普通)により規制が随分変わること、あれ?こんなことしてはいけなかったの?など、日頃「知ってるつもり」で知らず知らずのうちに法を犯していることなど、原則に立ちながらも、登山者の視点に立った話であり、登山者として知っておくべき非常に有意義な話であった。

編集子のひとりごと

また、机上学習の話だが、今回の長山協セミナーは最先端の海外登山から身近な話題まで幅の広い話題が取り上げられ、楽しい二日間であった。そして、ここでは省略したが、一番の収穫はやはり夜の交流会。山の仲間と語り合うのは楽しいものだ。(大西 記)