不定期刊行            172号  2006.3.28

中信高校山岳部かわらばん     編集責任者 大西 浩

             木曽高等学校定時制

木曽高校定時制アウトドア部山スキー行 2(田中 岳 記)

山スキーというものは、わずかにかかとを上げて、板を進行方向へ自然に滑らせ、その結果、かかとと板の金具がぶつかってカチャン、という音が鳴るようにするのが正しい、とは登り始める前から大西先生がおっしゃっていたことだが、案の定、気分が優れないままに馬耳東風と聞き流していたバカ者は、ストックを握る腕に渾身の力をこめつつ、一歩進むごとに大袈裟にスキー板を持ち上げ、降ろすという、きわめて非効率な動作を繰り返していたものだから、登り始めてから10分もしない内に動けなくなるほどバテ(おまけに吐きそうなほど気分も悪くなって)、ここでもまた皆さんの足を引っ張るのだった。そんなこんなで何度か転んだ後、大西先生に山スキーの正しい使用方法を再度レクチャーして頂き、ようやくまともな格好になってきたかなと思いつつ無難に進んでいると、おもむろに深雪が固いアイスバーンに変わってきた。確か、この頃になってようやく気分が快復してきたのだったと思う。登り方のコツをつかみ、「山スキーっておもしれぇ!」と調子に乗って進むが、しばしばコケ

天気は晴れ…とは行かないまでも、適度に明るく、風もそれほど強くなかったので、一行は徐々に急になっていく斜面も順調に登っていった。(無論、若干一名がパーティーから外れていれば、一行は数百メートル先を進んでいたに違いないが)少し先の方に山小屋が見えたが、先はかなり急な斜面である。アイスバーンはほとんど氷に変わり、シールの利きも悪くなってきた。(使い方が適切でない、ということもある)斜面に対して進行方向を斜め気味にし、ときおりエッジを利かせて慎重に登っていかないと一気に下まで滑落しそうである。いつぞやの小秀山の体験が脳裏をよぎる。風も強くなってきて、ストックの存在がますますありがたい。何度か今井先生に助けて頂いた。大西先生が「そろそろ引き返そうか」と提案されたが、こともあろうにさんざん皆様の足を引っ張っていたバカ者が「もうちょっと行きましょう」と無茶を言う。

全くシールが利かない急斜面からずり落ちながら、必死にエッジを利かせ、一歩一歩カニのように登る。ここで、さしもの横川さんも、足を滑らせて数十メートル下まで転落してしまった。みんな、「あそこで止まるよ」とか「おーい」とか悠長に構えているのだが……。素人判断でもこれ以上はさすがに進めないだろうとわかる。少し上のブッシュの辺りでシールを外そう、ということになって、こわごわと僕は氷に埋れたブッシュの上に止まった。

寒気がするほどの急斜面。一度転べばまっさかさまである。山スキーにおいて、前に進まずにある一点に静止するということがどれほど恐ろしいか思い知らされた。だが、それに加え、シールを外すということは、一度スキーから靴を外さねばならないことを意味する。アイゼンをはいた登山靴ならまだしも、著しく柔軟性に欠けるスキー靴でこの氷の斜面に乗れ、というのは僕にとって死刑宣告に等しい。……とかなんとか思ってビビっている内に、大西先生がさっと僕の近くに簡単な穴を掘ってくださり(これはバケツと言うらしい)「ここに乗れば滑らない」とおっしゃる。なるほど、そういう手があったのか!(※常識である)乱暴にシールを外してリュックに放り込み、再びスキーをつける。眼下には壮大なスケールの、自然の(そして非常に急斜面の)ゲレンデがあった。背後から、「今度はシールが無いから滑るぞ」と脅される。「俺こんなにスキー下手だったっけ、って思うよ」と、大西先生は続けられた。

降りも大西先生を先頭に、その後に横川さん、そして僕が続く。確かに恐ろしいのだが、うまくエッジを利かせて滑れば登りほどは危なくないだろう。油断も束の間、急に深雪に突っ込んで、つんのめって転びそうになる。アイスバーンか深雪か、その境界が分からない。適切に滑っているつもりだったが、どうも上手くいかない。

ほんの数十秒で、急斜面を降りきった。「ほら、さっきまであそこにいた」先ほどまで僕らがいた峰を指差して、大西先生がおっしゃる。降りはあっという間だと聞かされていたが、なるほど本当にあっという間である。再び滑り出すと、今度はさきほどより深雪の割合が多く、ターンしようとしても上手く曲がれない。片足に力を入れ、深雪をつぶしていく感じで慎重に滑る。素人がこんなところでウェーデルンでもしようものなら骨折は必定である。

ほどなくして、なだらかな休憩ポイントに到着、昼食となった。各々持参したランチの包みを広げ、今しがた我らが降ってきたコースを見、「確かに山スキーは難しい」、「あっという間だったけれど面白かった」、「俺のベーコンポテトパンにはベーコンがあんまり入ってなかった、詐欺だ」…などなど各々の感想を言い合うのでした。そして、あえて特筆すべきは大西先生がくださった「新潟ぬれおかき」である。これ、外見はただのおかきなのだが、独特の甘辛い味、そしてこの食感は何というべきか!仮におかきが醤油で濡れていたとしても、おそらくこのモチモチ感は生まれない。僕としては「ぬれおかき」というより「スナック醤油もち」といいたいところだが、その部分を差し引いてもこれはおいしい。今度買おう。(I製菓株式会社に恩があるわけではない)

閑話休題。昼食を終え、一行は再び山スキーを装着した。大西先生がおっしゃるに、もうこの先には危ないところは無いらしい。そうと分かれば余裕を持って…………というわけにも行かなかった。これ以降は完全な深雪。新雪にして深雪の斜面は、先ほどよりも一層ターンの技術が要求される。立ち木やその枝を上手によけながら、不規則の凹凸を滑っていくのは確かに難しい。難しいのだが、自由自在に好きな滑り方ができる魅力は、ゲレンデ・スキーではちょっと味わえないものだ。

またしてもすぐに、滑降は終わった。森から出てゲレンデの頭に戻ってくると、「帰ってきた……」と改めて感慨深かったが、同時に一抹の寂しさも残った。圧雪されたゲレンデを一気に滑り降りると、本日のバカ者は「やっぱ俺、そんなにスキーヘタじゃないよな」と思い直した。大西先生のおっしゃった通りである。あー、疲れた。でもこれで一つ、貴重な経験ができて良かった。

……すっかり忘れていましたが、眼鏡の件、帰り際に大西先生と今井先生の甚大なご協力のおかげで、無事回収することができました。両先生には改めて感謝を申し上げ、重ねて猛省したいと思います。                   田中 岳

編集子のひとりごと

前号に続き木曽高校定時制の田中君の「山スキー体験記」。すっかり山スキーを気に入ってくれた。次回はメンバーを増やして乗鞍からの滑降を画策している。(大西 記)