不定期刊行            196号  2006.10.5

中信高校山岳部かわらばん     編集責任者 大西 浩

木曽高等学校定時制

「ベテラン登山者」「山の専門家」の条件

長年山岳部の顧問をしていて、次のようなことを言われた経験はないだろうか。「先生は山のベテランだから、専門家だから・・・云々」と。さて、この「山のベテラン」とか「山の専門家」とは、一体どういうことを意味するのか、ちょっと考えてみたい。

先日行われた中信の新人戦のとき、ある先生が「学生の頃はガンガン山にのぼっていたんだが、最近は自分の山登りをしていないなぁ。」また、別の先生が「山岳部の顧問として生徒とは時々登っているが、それ以外にはほとんど山に登っていないなぁ。」さらに「そういえば最近は生徒とも登っていなくて、山岳部顧問とは名ばかりだ。」とも。それであっても、我々は山岳部顧問である以上、生徒と登山に行かねばならぬ。そして同僚からは、好むと好まざるとにかかわらず、山のベテラン、山の専門家と称される。しかし、そんな状態で果たしてベテランと言い得るのか?というのが、問いたいことの中身である。やや辛口だが、現役で山に登っていなければ、ベテランでも専門家でもない。

熊の話・・・長山協キャンプでの泉山茂之信大助教授の話より

たとえ、研究者であっても、熊の姿を見かける場面は少ない。熊の足の裏は柔らかいので、柔らかい地面以外には足跡も残らないから足跡すら見つけるのは容易ではない。そんな熊だが、痕跡は「熊ダナ」や「皮はぎ」などで知ることが可能である。熊ダナは、熊がドングリを食べたりするところだ。「皮はぎ」というのは、熊が木の皮をはぐことだが、なんのためにやっているのかはよくわからない。

以前は熊を捕らえるオリは、鉄格子であったが、これだと脱出しようと暴れた熊が爪や歯をいためる可能性があり、山へ帰したときにハンデを負うことになるので、最近はそういうオリは使わないそうだ。

熊の手のひらや足の裏は柔らかく、指もうまく使えるので、ドングリなどを食べるときも器用に手を使い、里に下りた熊などの中にはドアノブを回せるものなどもいる。アリューシャン遠征のときに留守中のテントを襲ったグリズリー(こちらはヒグマだが)は、カメラのつなぎ目の部分に爪を入れこじ開け、酒の入ったペットボトルに小さな穴を開けたものもあったぐらいだ。

ツキノワグマは、殆どは植物食でドングリのほか、普段はシシウドやアザミ、イネ科の植物などを食べているが、蟻や蜂なども好物で石をひっくり返して器用に食べる。熊はもともと食肉目の動物であったが、ツキノワグマは、長い年月ドングリなどを食べることで植物食に変わってきた。しかし、歯は鋭く、力は強い。特に上半身は発達しており、相当太い木でも根元から折るくらいの力はある。

1歳半(体重20〜30kg)で子離れし、中には20歳以上生きるものもいる。今まで捕らえたツキノワグマは、最大のもので140kgというものもあったが、平均は雄が75kg、雌が45kgであり、雌雄でかなり体格差が見られる。12月から3月は、岩穴や、木(シナノキ・コメツガなど)の根元の穴で冬眠するが、その間に雌は出産する。通常は二頭生まれ、その後、一年間は三頭で暮らし、二回目の冬は母熊と一緒に冬眠する。稀にその間に出産するものもいて、親子五頭の熊もいるそうだが、通常は二頭で二冬過ごし、一年半後の夏から秋に別れの時期を迎える。

行動半径は広く、縄張りもないため、例えば北アルプスの熊は、大町市街から裏銀座、表銀座一円を行動し、150平方kmを動くという。つまり「北アルプスの熊」が同時に「里の熊」でもある。餌のあるところには集まってくるので、北アルプスの山小屋の周りなどには複数の熊が棲息している例もある。そして、一番強い熊が餌にありついていてその隙を狙う熊が何頭もいるので、もし一頭駆除しても次の熊が現れるということになり、被害が収まらないのだそうだ。動物は食物を探すのが仕事のようなものだが、熊の場合は食物を求めて、通常夏は2000m以上の高地で、9月には1000mから1500mぐらいのところで生活をしている。しかし餌のない年には里に下りてきて、人間との間でトラブルが生ずる。通常の年は、熊にとって最も食糧難のお盆から8月末までに被害は集中するが、今年は、雪が多く春先のミズナラの花が咲く時期が寒かったのでドングリが不作だったり、夏も梅雨明けが遅れたりという条件が重なった結果、長い時期にわたって熊の被害が相次いでいることが考えられる。しかし、これから先は収穫の秋を迎え、栗なども出てくるので被害は少なくなって行くだろうとのことだった。

登山者にとって一番気になるところだが、熊にあったらどうしたらいいか?まず、行き会わないこと。そのためには鈴などで人間の存在を知らせること。事故で多いのは、偶然の鉢合わせによるものだが、沢の音や風の音で人間も熊も互いに気づかない例がある。里の熊は人間のことをよく知っている。だから、人間が来ると、じっとしてやり過ごそうとしているのだが、どうにもならなくなると逃げようとして、出会うことになる。もし顔をあわせたような場合、目をそらさずに少しずつ引いて後ずさりすること。万が一、向かってきたときには、歯をカチカチならすなどして、威嚇してくるが、その場合最悪なのは死んだふりをすること。走るのもダメ、あくまでゆっくり動くこと。ヒグマのいる北海道では、「山に入っていくときは鉈や鎌を持って行け」という。これはそれを用意したから万全ということではなく、気持ちの問題としてそれがあることで万が一の場合、抵抗することで助かる可能性が高まることを言った言葉である。実際抵抗することで熊が逃げていくことは多いし、それで熊がビックリすることは間違いない。こちらから戦いを挑むようなことは避けるべきだが、どうしようもないときは、「とにかく抵抗しましょう」ということだった。

現在、長野県内には推測で1500から2500頭のツキノワグマが生息していると推測されている。ツキノワグマは、すでに九州では全滅、紀伊半島でも絶滅間近であるほか、四国では20頭ほど、中国でも2箇所くらいしか生息は確認されていないという。長野県は今、日本全国の中でも熊にとって、最も生きやすい環境が整っている場所だ。とはいえ、種が保たれていく上で、これ以上の減少は、絶滅を意味する。

編集子のひとりごと

熊の被害が相次ぐ中、9/30、10/1に行われた「長山協キャンプIN小川山」の特別講演で、タイムリーな話を聞けたのでまとめてみました。泉山さんとは長山協の1993年「アリューシャン列島登山・自然調査隊」のメンバーでご一緒しました。久しぶりにいい話を聞いた後は、ゆっくりお酒を飲んで久闊を叙しました。(大西 記)