不定期刊行            214号  2007.3.4

中信高校山岳部かわらばん     編集責任者 大西 浩

木曽高等学校定時制

「サバイバル登山家」服部文祥著 みすず書房刊

「サバイバル登山」とは一言で言うと、自分の身一つで大いなる山の中にその生を委ねるということを意味しているのだろうと思う。僕のこんな陳腐な表現では十分な説明にはならないが、「ハットリブンショウ」という一人の登山家の書いたこの書は極めて刺激的な本であった。彼のことばをそのまま引用しながらその魅力の一端を紹介しよう。

「途方もない自然を相手に自分の力で活路を見いだしていく。それは僕が登山に求めているものだった。だが、かつて人は生きる手段としてそれをやっていた。将来の夢とか、人生の選択肢なんてものはなかった時代、厳しい環境に何とか自分を適応させていくことが生きるための唯一の方法だった。生命体としてなまなましく生きたい。自分がこの世界に存在していることを感じたい。そのために僕は山登りを続けてきた。そして、ある方法に辿りついた。食料も装備もできるだけ持たずに道のない山を歩いてみるのだ。」「われわれは生物としての身体感覚を失おうとしている。『大自然のなかで自分の小ささを知る』とよく言われる。それは世界がリアルに存在すると実感することだ。自分の見ている世界が夢やまぼろしではないと確信できるのは、世界がつねに自分の想像を超えたものとして存在するからである。」(サバイバル始動より)

「なんでソロなのか。これにはいくつかの理由が複雑に重なり合っている。気ままな方がいい、とか、登山を独り占めしたい、仲間と休みが会わないなどが、単独行になる理由であり、楽だから、経済的だから、たのしいから、確保してほしいからというのが仲間を求める理由だろう。行くもやめるも自由気まま、月明かりがあれば夜中も歩き、よさそうな草原に出くわしたら昼前でもテントを立てる。これは単独行の利点だ。僕の場合はあえて厳しい状況に自分を追い込むとか、ただ格好いいと思うからという理由でソロを選ぶこともある。」「暗闇に囲まれて臆病な草食動物のように縮こまっているのが山の夜の魅力なのかもしれない。すぐ近くのどこかで小さなケモノが身体を丸めて同じように寝ているかもしれないと思うと、少しだけ温かい。」(サバイバル生活術より)

こうしてサバイバル登山を経験的に行った彼は、夏の日高全山縦走を企てる。僕は「日高」を知らないが、北アルプスや南アルプスに匹敵する巨大な山塊であるという認識はある。計画は実働24日、予備日6日の30日、ザックは50リットル。これを彼は「課題としてではなく戦略的に装備を持っていかない。そういう意味で、日高の山旅はこれまでの山行とは違っていた。食料も装備も持てるだけ持っても、足りないから現地調達になる。(日高全山サバイバルより)」と表現している。そして、「山の奥深く入ると、広がりすぎた人間の能力が、すうっと自分に集約されてくるような感覚がある。そんなとき、僕は地球に対して自分がフェアになれたような気がする。登山とは現代社会が可能にしているディフェンス力――現代医療、人権、法律など――を一時的に放棄する行為だと僕は思っている。いま、生き残るために人間の根本的能力が問われるのは登山の世界くらいである。それを体感するために僕は単独行を続けている。(日高全山サバイバルより)」――なまなましく、そしてフェアな登山・・・一読を薦めます。

木曽高校定時制アウトドア部・・・御嶽敗退の記

御嶽山頂の3000mからの大滑降を目論んで生徒を出汁に?3月3日(土)、山スキーの計画をした。しかし、前号に続き、またしても敗退の記である。同行したのは昨年3月にもここにチャレンジした2年のT君と顧問の今井さん。あの時も山頂に立つことはかなわなかった。今回もコースは三岳のロープウェイスキー場から。下界はまさに春、Tシャツでもいいくらいの陽気だったが、樹林帯を過ぎ、8合目あたりが近づいてくると吹かれた雪がカチンカチンの青氷となっている。傾斜も急になるためルートをトラバース気味に取ろうとすると全くシールが利かないのだ。先行者が4パーティほどいたが、2パーティが断念してエッジをカリカリいわせながら「ダメですわ」と下りてきた。

8合目の平のあたりに到達したところで、雪も降り始め視界も悪くなってきた。これ以上言っても平らな場所はなく、スキーの着脱等を考えてもここで帰るのがベストだろうとの判断をする。ツェルトをかぶってしばらく雪止みを待ちながら昼食。「去年はあそこまで行ったんだが・・・」「まあ、またいつでも来られるから・・・」そうと決まれば逃げ足は速い。下までは僅か40分の滑降だった。

コースタイム 飯森山頂駅9:30――樹林帯上部10:15――8合目(女人堂)11:45−12:10――飯森山頂駅12:40―12:50――山麓駅13:00

鉢伏山・横峰単独登山の記

昨日(3/3)は少し消化不良気味だったのだが、今日4日は朝起きると天気もいい。そこで、気楽な気持ちで山歩きをしてくることにして家を飛び出した。目指したのは鉢伏山(1981m)。牛伏寺(940m)から歩き出した。のっけからの急坂をあえぎあえぎ登る。道はしっかりしているが、2万5千図とはかなりずれている。時折鹿撃ちの放つ銃声が聞こえる。少雪の影響はこんな里山では顕著で、1300mくらいまでは全く雪の「ゆ」の字もなかった。林道との出合の吹きだまりまではだましだまし歩いてきても大丈夫だったが、さすがに1600mともなれば雪が靴の中に入ってかなわないので、スパッツをつけた。鉢伏山はいい山なのだが、無雪期には上の林道を車が走っていて、その脇を2kmも歩かされるので、車の通らない今の時期でないとちょっと興ざめだ。もちろん今日は車の通る気遣いはない。だから全く静かな山行でその点ではいうことなし。しかし、この林道は結構勾配がきつく、話し相手もなしに一人で歩くときには意外に堪える。朝はパンを一枚かじっただけで出てきたので、少々シャリバテ。途中で握り飯を一つ腹に入れる。山頂までの最後の登りは1mくらいのラッセルだったがこれはこれで楽しい。山頂では、360度の展望を独り占め。風もなく長袖シャツ一枚でも寒くなかった。下りは、林道を横峰まで辿ってから下った。何か忙しい毎日の中で、どこかにおき忘れた「ゆったりとした感覚」を味わえた一日だった。

コースタイム 牛伏寺9:00――林道出合10:30――鉢伏山11:40−12:00――横峰13:00――崖の湯分岐13:00――牛伏寺14:30

編集子のひとりごと

卒業式も終わり、ぽっかりと空白ができたので、2日続けて山へ出かけてきた。雪のあるうちにもう少し楽しいことをやっておきたいなぁ。(大西 記)