不定期刊行            270号  2008.9.21

中信高校山岳部かわらばん     編集責任者 大西 浩

木曽高等学校定時制

中高年安全登山指導者講習会(中部地区)・・・登山客から登山者へ

標記講習会が滋賀県で開催されたので行ってきた。その謂は、来年度長山協が主管してこの講習会をやらねばならないからという消極的なものであったが、どんな講習会でも行けば行っただけのことはあるものだ。琵琶湖を望み見る比良山の山中行動での実技も交え、2泊3日をフルに使った盛り沢山の内容で、中高年登山について様々な角度から考えるきっかけとなった。長野からは柳澤長山協会長、田中同副会長に、山岳総合センターの中嶋さん、県教委スポーツ課の海野主事が参加した。

今夏、長野県では遭難事故が多発した。8月1日には長野県警が「山岳遭難多発注意報」まで出して注意を喚起したほどだ。その中に中高年登山者の占める率が高いというのはいわば確率の問題でもあるのだが、そうは言っても「中高年」であるが故の事故原因も中にはある。長野県警は、昨年度の事故統計の中で、事故原因の約6割を「転滑落」であるとしている。これは基本的な体力・筋力の不足やバランスの悪さが大きく関係していると言えるだろう。一方で、長野県においてはそれほど言われないが、中高年登山者をめぐる全国的な状況の中では、里山などでの「道迷い」による遭難が多くの割合を占めていることも最近はあちこちで言われ始めている。

そんな状況を受けてだろう、今回の講習会のポイントはきわめて大ざっぱにいえば二つだった。一つ目は「転滑落を防ぐための体力や筋力をどうつけたらいいか」ということであり、今一つは「いかに道迷いを防ぐか」ということであった。

体力については、鹿屋体育大学の山本正嘉先生の講演のあと、試験的に7種類の簡単に測定できる体力・筋力診断の方法が提唱され、実際に体力テストを行った。具体的には「片足開眼立ち」「30秒間椅子からの立ち上がり」「30秒間上体起こし」などがそれだが、これらにより「バランス能力」「脚力」「腹筋力」「腰背部の柔軟性」「太もも前部の柔軟性」「体重当たりの脚筋力」「敏捷性」を測ることができるとする。山本先生は、つまずきや転滑落の原因は、筋力(特に腹背筋・大腿四頭筋・下腿三頭筋・足首周りの筋肉)不足と柔軟性の不足、心肺機能にあるとした上で、それらの実態を知ることと鍛え方について具体的な話をされた。これは今後整理されて発表されることになるだろうが、こういった基準はある程度の指標にはなりうるし、山へいく際の心構えに影響もするだろう。山本先生はこれまでも「登山の運動生理学百科」をはじめ「山岳雑誌」誌上において我々登山者に有意義な多くの提言をされているが、今回の話を体力やトレーニングに限定してまとめると「山屋にとって有効なトレーニングはスクワットや坂道トレーニングであり、平地のウォーキングや駅の階段登りなどはあまり役に立たないので見直すべきである。」というもので、6月に富山宇奈月で行われた「登山医学会」での話(かわらばん258号で紹介)に繋がる話であった。

「道迷い」については、滋賀県立大学の荻野和彦先生による「GPSによる山ナビの実践」という極めて新しい方法が提案された。これは、ルートの事前研究、実際の行動、帰宅後の整理という一連の流れの中で積極的にGPSを使おうという試みである。先に述べたように僕が日頃入り慣れている北アルプスなどでは「道迷い」はあまり意識の中にないが、実際に2日目に比良山に入ると確かに道迷いの可能性はあちこちであることを実感した。里山を多く抱える滋賀県特有の課題ともいえる。これまでであれば、対策は「地図」と「コンパス」の使い方というのが定石だったろう。

提案された内容を端的にいえば、事前にルートを決め、要所要所をウェイポイントとして登録し、PCの「カシミール3D」などのソフトを使って予想される登山コースを作成し、それをGPSに情報として取り込んでから山に出かけようというものだ。そして、行動中には地点登録をログをとりながら、想定ルートを歩き、帰ってきてからはそれらを再度PCに取り込み、写真や記録なども加え、整理してライブラリーを作るところまでを一連の作業とするものだ。

実際にやってみての感想は、その1、GPSは、実際に道迷いが起きやすい林の中などでLOST状態にならない新しくて性能のいいものにすべし。そのための投資(12万)ができる人には有効。その2、中高年には(僕も含め?)PCに対する敷居が高く使いこなすことができるまでのハードルが高い。その3、事前にルート研究をするということからいえば、「連れて行ってもらう登山」からの脱却という観点では大きな意味あり。その4、従来のプレートコンパスと地図の使い方と基本的には同じ方法と考えていい。その5、帰ってきてからの整理はやり方を覚えればかなり色々なことができ、可能性が広がる。・・・しかしである。私の持っている初期のガーミンでは、情報の取り込みに難があるとともに、アンテナの性能から十分に機能を使いこなせないことがよくわかった。(泣き)今や情報は金でという時代、加えてデジタル化の波が押し寄せてきてアナログ型人間には、住みづらい時代だなんてことも感じさせられた。でも・・・僕は思う。いくら機械が発達しても最後は、知恵とか経験の持つ力が大きいということを。

二日目は、「ガリバー旅行村」から「八ツ渕の滝」を経て「北比良峠」まで登り下山。GPSとにらめっこしながら、途中でヘリレスキューの訓練(訓練が実戦になる場面もあったが・・・)や、渡渉の仕方の講習をしながら、前半は滝が連続する変化に富んだ渓谷、北比良峠からは眼下に琵琶湖を見下しなどして、一日楽しく歩くことができた。宿に帰ってからもGPSの情報整理の講義があり、本当に盛りだくさんの講習会。

最終日は、「リーダーの役割と心構え」「山で事故を起こさないためには」「中高年登山の諸問題」の3つの分科会に分かれての議論。みっちり3日間講習した。これまで書いたこと以外には、滋賀県では、山中の24コース140地点を県の防災ヘリと連携がとれる救助拠点(レスキューポイント・・・吊り上げまたは着陸可能点)として標識をとりつけ、併せて地図も作成されているということも初めて知った。

今回の「講習会」について、主任講師の山本一夫氏は、最後に「山に連れて行ってもらういわゆる『登山客』から自分でルートを研究し自分の力で行ってくる『登山者』になること、このことが『中高年登山者』には求められており、これを主眼に行った」とまとめられたが、このことについては僕も全く同感である。

編集子のひとりごと

今週末、恒例の長山協キャンプが小川山で行われる。今年は昨年とは趣向を変えて「焚き火」交流がメイン。クライミングに焚き火にきのこ。飛び入り参加歓迎。(大西 記)