不定期刊行            323号  2009.10.08中信高校山岳部かわらばん     編集責任者 大西 浩

木曽高等学校定時制

赤田幸久さんの南極レポート「南極・昭和基地から」 その4

*お断り:「南極・昭和基地から」は、第49次南極観測隊に参加された赤田幸久さんが、南極にいる間に書きためて、私に送って下さってあったものです。そのため、タイムリーな情報ではありません。しかし、これまで3回にわたり「かわらばん」で紹介した総括レポートが好評でしたので、知られざる南極を知るよい機会かと思い、連載します。写真とともにお楽しみ下さい。

短い南極の夏を惜しんで

テキスト ボックス: 1011121314151617テキスト ボックス: 123456789早いもので、日本を出発してから3ヶ月余りが過ぎました。我々設営隊員は「しらせ」接岸前の12月18日にヘリ第1便で昭和基地に入り、設営作業を開始しました。以来、2月中旬まで満足に休みも取れないほど忙しい毎日が続きました。太陽が沈まないので残業も毎日です。気がついたら夜の11時を過ぎていた、なんて事もよくありました。南極の夏は短く、観測系隊員も設営系隊員も、自分の任務を完遂するのに必死です。そんな中でも、部門の領域を越えて協力し合いながら、和気藹々と仕事をしています。各分野の専門家が集まっていますので、何か問題やトラブルがあっても、みんなで知恵とノウハウを出し合い解決していきます。これも南極観測隊ならではの面白さでしょう。

私は環境保全部門を担当しています。基地からでる生活系廃棄物や、観測・設営作業で出る事業系廃棄物の処理、そして浄化設備のメンテナンス、水質分析などを行なっています。最近ようやく仕事が自分のモノになってきた、そんな手応えを感じています。

2月15日、「しらせ」が48次越冬隊員と49次夏隊員を乗せて昭和基地を離岸しました。これからは、49次越冬隊員29名で基地を守って行かねばなりません。2月20日、越冬成立式が行なわれました。基地設備、そして隊員一人ひとりが、越冬に向けて準備が整ったことを確認する大切な行事です。

短く慌しかった南極の夏が終わり、これからは静寂と夜、そしてオーロラが支配する冬に向かいます。日本はもうすぐ春ですね。鹿島槍や有明山が目に浮かびます。

野外宿泊訓練

テキスト ボックス: 1011121314151617テキスト ボックス: 1234567894月に入ってから、昭和基地周辺の海氷(海水が凍った状態)も徐々に安定してきました。野外観測のためのルート工作も進んでいます。ルート工作は野外主任(フィールドアシスタント隊員)が中心となり、基地から観測拠点までの移動の安全を確保するために行なわれます。クラック(氷の割れ目)などルート中の危険箇所を避けたり、一定間隔で氷厚を計測しながらルート標識を設置していきます。海氷は厚い所だと3m以上あります。更に、標識ポイント毎に緯度・経度・磁方位などの情報を記録し、ルート方位表を作成します。野外観測に出掛ける時は、ルート方位表に従って忠実にルートを辿っていくわけです。

越冬中の野外活動はこれからが本番です。これに先立ち5月3〜4日にかけて野外宿泊訓練を行いました。参加は有志の隊員9名です。訓練場所は基地の近くなので雪上車やスノーモービルは使わず、全ての物資はソリや背負子を使って人力で輸送しました。気温はマイナス10℃程度ですが、みんな良い汗を流していました。訓練場所に着いたら、先ずはテントの設営です。南極観測隊では耐風性能の高いピラミッド型テントを使っています。テントの次はペールトイレ(携帯トイレ)の使用講習、続いて海氷状態の観察、コンパスを頼りにテントまで戻る実習と盛り沢山です。テントに入ってからも、灯油コンロの使用、食材の解テキスト ボックス: オーロラを背景に記念撮影 
2008年5月3日 望月隊員撮影
凍、調理、食器のクリーニングなど訓練は尽きません。寒冷下のテント泊が初めての隊員には全てが新鮮な経験になったことでしょう。夜には素晴らしいオーロラが出現し、みんな時間を忘れて見入っていました。5月6日からは南極大陸上の中継拠点S16までの野外観測があり、8名の隊員が出発します。今回の訓練を生かして無事に任務を遂行してくれるでしょう。

愛媛から八ヶ岳へ 松山工業高校:藤原昭宏さん(全国高体連登山専門部副部長)

9月の5連休、登山ツアーを利用して、「八ヶ岳」に行ってきた。夜行バスにて、大阪駅梅田で乗り換え京都まで2時間の渋滞!美濃戸口着は、予定より3時間遅れで16時。出発準備と準備運動。美濃戸山荘を経て、堰堤広場にてヘッドランプを装着!星がきれいに見える。赤岳鉱泉には暗闇の中19時30分に到着、温泉と夕食でステーキをいただく。廊下沿いの男女別の長い部屋で、1人あたりの占有幅は70cm程度である。

2日目早朝、朝食の弁当を食べて体操後に出発!見える範囲は快晴である。行者小屋を経て、中岳の鞍部へ。富士山がきれいに見える。まず、阿弥陀岳2805mを往復、山頂からは、権現岳の右側遠方に南アルプス北部の仙丈ヶ岳・甲斐駒ヶ岳・北岳がよく見える。中央アルプスの連なりから、御嶽山を挟んで、北アルプスの連なりが雲海に浮かんで遠くに見えていた。空荷だが意外と時間がかかった。中岳を経由して赤岳2899mへ、赤岳頂上山荘前にて昼食の弁当となる。残念ながら、弁当の量は少なめで、女性には丁度いいのかな。昼食を終えて集結後、赤岳展望荘を経て、横岳縦走路に進む。少しずつガスが通過していたが、大権現の石碑の在る石尊峰付近からは展望がなくなり、岩場の雷鳥や台座の頭斜面のコマクサを見ながら予定通りに、硫黄岳山荘へ着いた。入念なストレッチをして入室すると、男女混合の大部屋二段ベッドで、1人の占有幅は75cm程度である。おいしい夕食後、テノール歌手によるミニコンサートが行われた。

3日目、起床時から外はガス、朝食時、御来光にて歓喜の声が上がる。硫黄岳への最後の登り、ガスの中へ突入して、爆裂火口は見えない。三角点への移動を試みるが、時間的制約で集合場所へ戻る。赤岩の頭からジグザグの下りの連続で、大同心沢を経て、赤岳鉱泉まで下る。昨日の弁当がらを回収し、初日ヘッドランプで歩いた道を下っていく。赤岳山荘で昼食、肉うどん1杯食べて、美濃戸口にてバスに乗車する。八ヶ岳温泉もみの湯で入浴後、おぎのやでお土産を購入して帰路につく。34/百名山となった。